
お知らせ
お知らせ
2025/05/14 お知らせ
日本仏教保育協会では、(公財)全国青少年教化協議会と(公社)全日本仏教婦人連盟とともに、ウクライナの子どもたちへ奨学金供与などの活動を行っています。
このたび当協会が支援していたハバロフ・ゲオルグさんが日本航空高等学校石川を卒業し、大学に進学いたしました。
ハバロフ・ゲオルグさんから感謝のメッセージが届きましたので、ご紹介いたします。
「ウクライナ避難民として来日して」
あおぞら奨学基金 サポーター様
3年間にわたり、私をご支援してくださり、誠にありがとうございました。ウクライナ避難民として来日してから、能登大地震の被災を経て、卒業を2週間後に控えた今まで、あおぞら奨学基金のサポーター様の皆様の経済的なご支援なしでは、生活を続けるうえで大変困ったと思います。皆様がいらっしゃったからこそ、私は日本の高校でいろんなことを経験し、たくさん成長できました。心から感謝しております。
いよいよ2月末日に高校を卒業することになりました。現在私はこれからの新しい道に向かって準備を進めています私は2022年6月7日に避難先のポーランドから、石川県の高校で学ぶため、日本に避難しました。先立つ同年の2月、私はウクライナのビラ・ツェルクヴァ市の10年生を卒業する直前に、不幸なことにロシアのウクライナ侵攻が始まりました。その後、私は母親と妹の3人で隣国ポーランドに避難し、オンラインで単位を取得し中学を卒業しました。戦争によって、進学を希望していたキエフの大学で言語学を学ぶ道が閉ざされた私は、自らの将来を切り開くために、日本に避難し高校に進学する道を知り、単身来日しました。
私は3年間学業に熱意を持ち、来日後の言葉の壁の問題を乗り越えることに集中し、日本の文化を日本人との交流を通じて学び、どんどん日本語を覚えました。3年間を通じて、私の学校生活への積極的な参加が報われ、多くの目標を達成することができました。中でもダンス部の副部長になったこと、日本語能力試験N1に合格したこと、立教大学異文化コミュニケーション学部に合格したことは忘れられません。私の家族みんながとても喜んでくれました。
ダンス部では学内外のイベントに積極的に参加しました。応援団の一員として、野球スタンドでは重たい校旗を持ちました。2024年1月1日に起きた能登半島地震の後、被災した学校はキャンパスを東京都に移転しましたが、私はそこでも引き続き勉学に励みました。ダンス部での活動は2024年9月1日の24時間テレビで大きく取り上げられ、被災したキャンパスに戻ってイッテQの内村光良氏といっしょに踊りました。
数えきれないくらいたくさんの思い出深い日本の高校生活で、私はこれからの人生に役立つであろう経験をたくさん得ることができました。重ねて皆様にはお礼申し上げます。奨学金のおかげで、私は日本での高校生活を思う存分充実したものにでき、新たな経験を手に入れ、希望のある将来へと進むことができました。私の夢を叶えてくださり、また新しい道を歩めるようにサポートしてくださり、心から感謝しております。感謝の思いを一生忘れません。
これからも大変なことがいっぱいだと思いますが、全力で最後まで力を尽くし、新しいことに挑戦したいと思います。まず大学で学業に集中し、新たな経験や価値観を手に入れたいです。私が大学で探求したいテーマは以下の3つです。
1.「外国人嫌悪」というコミュニケーションの断絶のメカニズムを、心理学や社会学の立場から分析し、その克服について政策的提案をすること。
2.戦争下の極限状況下における人々のコミュニケーションが、どのように変化し新しい可能性を持つようになったか、メディア論の観点から検討すること。
3.人間にとって暴力との「幸せな」共存が可能かという問題を、ロシアのウクライナ侵攻下における高校生たちの制限された教育機会というケースから批判的に考えること。
これまでと全く違う環境に慣れることも大変ですが、高校での3年間の経験を活かし、大切な人や家族を身近に感じながら、大学での新たな環境に適応し、どんな壁でも必ず乗り越えたいです。そして平和構築の政策化や異文化間のコミュニケーションについて深く探求し、社会への貢献をもって、必ず恩返しできるような人間になれるように努力し続けます。
これからも学業に励み続け、大人として人生を経験しながら、いっぱい成長していきます。3年間、ご支援いただき大変ありがとうございました。
日本航空高等学校石川卒業生 ハバロフ・ゲオルグ