バンドゥーラ演奏家記念演奏 「 水晶の歌声・バンドゥーラの可憐な響き」ナターシャ・グジー氏 に就任、そして昭和37年、数千曲の作品を残して64歳で逝去しました。映像が終わると、佐代子氏は、祖父との思い出を語ってくれました。「7歳まで祖父と暮らしました。家にいる時はいつも一緒でした。3歳ぐらいからピアノを習い始めましたが、祖父は日常生活のいろいろな場面で音について話してくれるなど、自然なかたちで音感教育をしてくれたようです。妹やいとこたちと祖父の大切なピアノで遊んではしゃいだこともありました。最後は入院していて、亡くなったと聞いた時は子ども心にものすごくショックでした。たくさんの人がお葬式に来て、芸大の学生さんたちが葬送の曲を奏でていたのを覚えています」最後に、下總皖一が作曲した童謡『花火』『たなばたさま』をジャズ風にアレンジした曲を、山本剛氏(ピアノ)、香川裕史氏(ベース)の演奏に乗せて佐代子氏が歌いました。「ドンドンドン」という花火の音を表した力強い歌声と、「ささの葉さらさら」と七夕の夜の静けさを思わせる艶やかな歌声との対比が印象的でした。全体会の締め括りは、ウクライナの歌姫、ナターシャ・グジー氏によるパフォーマンスです。バンドゥーラの演奏が始まると、美しい音色に乗せて、まさに水晶のように透き通った歌声が会場に響き渡りました。1曲目は、ウクライナの曲で『キエフの鳥の歌』でした。「今日は皆さんのために歌うことができて、とてもうれしく思っています。心に響く歌と演奏をお届けしたいと思いますので、どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください」バンドゥーラは、ギリシャから伝わってきたウクライナの民族楽器。今回使っていたものは弦が63本あり、重さは8キロ。ギターや琵琶のような形ですが、ハープのように澄んだ音でした。ナターシャ氏は来日して24年間、ウクライナと日本の文化の架け橋になりたいと願って活動してきました。いまは日本が大好きで、もう一つのふるさとだと感じているそうです。曲目は、自作の曲『踊る娘』『コブザーリ(旅歌人)』の後、『いつも何度でも』『防人(さきもり)の詩(うた)』『秋桜(コスモス)』と日本の曲が続きました。そして、ウクライナ人が懐かしく思う歌『わがキエフ』の前に、次のように話されました。「私はいまウクライナ支援のためのいくつかのプロジェクトに取り組んでいます。一人でも多くの人にウクライナに興味を持ってほしいです。好きになってもらいたいです。皆さんの好きという気持ちが長期の支援につながるのではないかと私は考えています。ぜひこれからも、温かい気持ちでウクライナの人たちを応援していただければ幸いです。よろしくお願いします」会場の外では、ウクライナ発祥料理ボルシチのレトルトパックや、家が爆撃によって壊されたり焼かれたりして住むところがない人たちから買い取ったウクライナの民族衣装が展示販売されていました。最後に、平和への願いを込めた『鳥の歌』、そして日本の歌『故郷(ふるさと)』の曲が終わると、会場は割れんばかりの拍手に包まれました。懇親会は、全体会が行われた大宮ソニックシティホールに隣接するパレスホテル大宮のローズルームで行われました。全国から参集した先生方が円卓を囲むと、会場内はさっそく賑わい始めました。司会進行は、落語家の六代目三遊亭圓雀氏。会が始まり、大会実行委員長の歓迎の言葉、開会式で表彰された持田賞受賞者2名の挨拶がありました。続いて、ご来賓を代表して、さいたま市出身の片山さつき参議院議員より祝辞を賜りました。乾杯の後は余興として、記念講演の講師を務めた下總佐代子氏が再登場し、今度はジャズの片山さつき参議院議員乾杯三遊亭圓雀氏(3)第723号懇懇親親会会
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