「いのち」をキーワードに生命尊重の心を育むなりました。教育の場においても死から目をそらせたまま「いのちを大切に」と教えてきたのではないでしょうか。そのため、死んだいのちが生き返ると思っている子どもたちがあまりにも多くなってしまったのでしょう。ですから、こうした現実をしっかり見据えて、これからどう対応するかを考えていく必要があります。仏教の生命観は「天上天下、唯我独尊」「諸行無常」「四苦八苦」「諸法無我」などを基本としています。今の私たちに求められているのは、「死を見据えた生命尊重の教育」と「自分以外の多くのいのちによって生かされていることを踏まえた生命尊重の教育」だと思います。私はこれまで、保育者養成に携わりながら、「いのち」をキーワードに仏教保育のあり方を考えてきました。そのなかで強く感じたのは、人間の成長や発達にとって、いかに幼児期の生活が重要かということです。幼児期の教育や保育は人間形成に大きな意味を持っていますが、なかでも幼児期に「いのち」を大切にする心を育むことは特に重要といえます。先代住職が15年前に亡くなり、私が寺を継ぎました。先代が創設して今年で創立70年になる保育園(現在は幼保連携型認定こども園に移行)の保育内容は、短大の教え子の園長に任せ、私は理事長として運営に関わっています。そのような中で、誰の「いのち」もかけがえがないものであること、あらゆる「いのち」が関わりあって存在していること、この2つを根幹とした保育活動を展開することで「いのち」を大切にする心が育めると確信する「いのち」について感じたり考えミニトマト、ピーマンなどの苗を植え、育てている。花が咲き始めると、子どもの目が輝き、野菜により花の色が違うことにすぐ気がつく。葉っぱの形の違いや微妙な緑の濃さの違いに気づく子もいる。子どもの観察力にようになりました。人生の土台をつくる幼児期に必要なことは、小学校教育の先取りではありません。お友だちや生き物とふれあいながら、たりする環境を提供することが、人間としての成長に最も重要だと思います。年齢や発達によって、「死」の理解は変化しますから、子どもに恐怖心を抱かせることは避けなくてはなりません。大事なことは、一人ひとりの気持ちに寄り添った関わり方をすることです。事例で紹介したように、野菜を育てたり生き物に触れたりする活動により、「いのちを大切にする心」が育まれていくのではないでしょうか。体験(遊び)を通して子どもたちが感じたり考えたりする活動報告を二つだけ紹介します。事例①「野菜の栽培と〈いのち〉教育」園の裏にある畑で、ナスやキュウリ、驚かされることが少なくない。現代社会は〈いのち〉の姿が見えにくくなった。けれども、野菜を育てることによって〈いのち〉について大切なことが学べる。それは〈いのち〉にはそれぞれ違った色や形があることである。トマトを採る日、子どもたちはわくわくした表情で畑に行った。ところが、「さあ採りましょう」と先生が言っても、誰も採ろうとしない。先生が「どうしたの」と聞くと、一人の子が「だって、かわいそうだよ」と答えた。毎日お世話をしているうちに、子どもたちの心にやさしい気持ちが芽生えてきたのだろう。『月刊仏教保育カリキュラム』2016年8月号掲載(要約)園の隣にあるお寺の境内は広々としていて、樹齢百年の老木や太い木が何本もあるので、いろいろな虫に出会える。年長さんが散歩に来た日、本堂の屋根の下に大きなクモの巣があり、一匹のセミが必死にもがいていた。巣の端を見ると、大きなクモがセミに近づこうとしている。一人の子が「セミさんがかわいそうだよ」と言ったので、先生が竹の棒でクモの巣からセミを逃がそうとした時、別の子が言った。「そんなことをしたら大事に育てていると「採ったらかわいそう」という気持ちが自然に芽生えてくるのです。これは先生にとっても大きな発見でした。事例②「クモの巣に捕まったセミ」クモがかわいそうだよ」それを聞いた先生は、はっとした。「先生はセミがかわいそうだと思ったけれど、クモだってお腹がすいたら食べたくなるんだよね」と子どもたちに話しかけた。みんな先生の顔を見つめて真剣に聞いていた。この問題は難しくて簡単に答えを出すことはできないけれど、みんなで一緒に考えられて良かったと先生は思った。職員会議で、園長先生も「セミを助けることが善いかどうか、私も答えを一つには決められませんが、毎日の保育活動を通じて子どもたちが〈いのち〉について考える場を作っていくことに大きな意味があると思います」とまとめた。どの「いのち」もかけがえのないものです。体験の中でそのことに気づくと、自分だけでなく友だちも小さな虫も花壇の花も大切にしようとする心が育っていくのです。仏教保育の要点は「子どもたちがいのちとしっかりと向きあえる環境をつくる」ことにあるのではないかと私は考えています。これからの日本を暮らしやすい社会にしていくために、仏教保育が重要な役割を果たすのではないでしょうか。問題提起ということでお話しさせていただきました。『月刊仏教保育カリキュラム』2019年9月号掲載(要約) 第721号(6)
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