生命の基本原理「セントラルドグマ」利他行動は脳を発達させる?ます。自分の指や唇を噛み切ったり、頭を壁に打ちつけたり、体を引っ掻いたり。確かに行動が遺伝の影響を受けているのですが、なぜこのような行動をとるのかは分かっていません。また、親子やきょうだいが似た行動をとるのも、遺伝の影響を受けている例です。親子やきょうだいは遺伝的性質をちょうど半分くらい共有しており、行動特性の多くは、半分くらいが遺伝要因とされています。残りの半分くらいは環境要因です。ここで、生命の基本原理についてお話ししましょう。生命の基本的特性というのは、子孫をつくっていくこと。分子生物学の立場からいえば「自分を複製する」ことです。ところが、複製する時には完全に同じものはできず、少しずつ違っていきます。これが進化につながっていくのです。この事は、いま問題になっている新型コロナウイルスのことを考えると、容易に理解できるのではないでしょうか。変異株が次々と現れ、私たちはウイルスが急速に変異していく様を実感することになりました。ごく短時間にたくさん複製するので、変異が起こるスピードが早いのです。細胞の中には、設計図からできあがり(表現型)までの生命の基本原理の仕組みが一体になっています。この仕組みは分子生物学の言葉で「セントラルドグマ」といい、設計図の役割を果たすDNAが遺伝情報をもっていて、自身の①複製と、②遺伝子発現という2つのはたらきをしています。間違いが起こるのは、複製の際です。一方、遺伝子発現では、DNAがRNAを経てタンパク質になり、さらに表現型に至ります。ここでいうRNAは、正確にはmRNAのこと。これが、いま新型コロナウイルス感染症のワクチンとして実用化されているものです。従来のワクチンは、基本的にはタンパク質を体に注射するものでした。新しく開発されたワクチンは、タンパク質になる前の段階であるRNAを注射し、細胞の中でRNAがタンパク質になり、そのタンパク質に対して抗体ができる、という仕組みになっています。mRNAというのは、遺伝情報をもっているRNAです。RNAは他に、遺伝情報をタンパク質のアミノ酸配列に変える触媒の役割ももっています。「翻訳」と呼ばれる機能です。DNAには触媒の機能はないため、大昔はRNAとタンパク質だけで、DNAはなかったのではないかと考えられています。DNAが複製する時に少しずつ変異が起こるとお話ししましたね。それぞれの生物は多様で、よく似ていますが少しずつ違います。例えば、ヒトのDNAはが、残りの1%未満が個体によって違います。それによって、見た目も性格も少しずつ違う人間になっているのです。一定の環境のもとで「生存や繁殖に有利な特徴をもつ個体」の割合が増えていくことを「自然淘汰」または「適応」といいます。適応の結果、「生存や繁殖を有利にするための遺伝情報」の割合が増えていくのが「進化」です。普通、適応は生物の個体について、進化は遺伝子についての話になります。また、2つの生物の相互作用で、お互いに協力関係にあるものを「共生」といいます。有名なのは、花とミツバチ、アリとアリマキ(アブラムシ)、ヒトと腸内細菌など。こうした相互作用をもつ相手の生物を環境の一部とみて、環境によって生存と繁殖の効率を上げるような進化が起こっていく、それが「共進化」です。ある行動によって生存と繁殖の可能性が高まると、そのような行動がゲノムを介して集団中に増えていくという特徴があります。ところが、動物の世界には、時に、自分の生存の可能性を下げて他の個体の生存の可能性を上げる、という理屈に合わない行動がみられます。特に血縁関係がない相手に対するものを「互恵的利他行動」といいます。互恵的利他行動をする生物では、個体の識別能力、集団行動をする能力、相手の裏切りを見抜く能力などが非常に発達します。これによって人間の脳は急速に発達したとするのが「社会脳仮説」です。こうした人間の特徴的な行動を分析していくことで、人間の行動様式を理解し、予測することができます。行動に関係する遺伝子や、その表現型、変異による行動の変化は全て解明できるようになるはずですが、それはまだ先のことです。松藤千弥(まつふじせんや)び同大学分子生物学講座教授。業後、同大学院博士課程を修了し、89年、同大学栄養学教室の助手となる。92~95年、米国・ユタ大学人類遺伝学講座・ハワードヒューズ医学研究所に留学。07年より東京慈恵会医科大学分子生物学講座担当教授、13年より同大学学長となり、現在に至る。設者・高木兼寛医師の精神を受け継ぐ。高木医師は、当時多くの人命を奪っていた「かっけ」の原因を突き止め、栄養学的な功績によって世界的に知られる。東京慈恵会医科大学学長およ東京慈恵会医科大学医学部卒東京慈恵会医科大学病院の創(5)第691号99%が同じ配列になっています令和4年2月1日発行
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