202008
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■第674号■はじめに日仏保の「はじまり」仏教保育の「はじまり」《日仏保の歩み③》―日仏保、仏教保育の「はじまり」を求めて―佐藤成道 筆者の記事が掲載された前回の機関紙『仏教保育』5月号(第672号)では、夏期仏教保育講習会について、「1929(昭和4)年7月に開催された「第1回仏教保育夏期講習会」か■ ■■■ 催されているこの講習会は、戦らの継続開催数を冠して行われています。今日でも同時期に開前から数えて今年で88回目を迎えます。」と記しました。記事の最後には、今年の夏期仏教保育講習会のご案内が掲載されていました。しかし、5月淑徳大学アジア国際社会福祉研究所リサーチ・フェロー/曹洞宗号の発行と時を同じくして、新型コロナウイルス感染症の影響で講習会の中止が発表され大変に驚きました。講習会の名称は、戦前と戦後になってしばらくは、「仏教保育夏期講習会」という名称で開催されていました。戦前の講習会は、太平洋戦争の影響で1943(昭和18)年7月の第にもわたり開催されませんでした。しかし、1948(昭和23)年7月に第16回の講習会が再開されてから昨年の2019(令和元)年の「第87回夏期仏教保育講習会」まで、中止されたことは一度もありませんでした。さらに言えば、講習会の名称が変更されてから、60年以上も経過した講習会が中止されるのは初めてのことです。まさに日仏保、仏教保育の歴史に残るような容易ならざる時代に生きていることを実感させられる出来事となりました。常仙寺副住職  戦前に仏教保育夏期講習会を開催していたのは、日仏保の前身組織である「仏教保育協会」です。協会が設立された目的は、「第2回 全国仏教保育大会」仏教系の幼稚園や保育所(託児所)などの関係者への実際的な指導や連絡統一を図ることでした。当時は東京を拠点としながらも、全国的に仏教園を中心とした関係者と連絡統一を図り、仏教保育を発展させることなどを目指していました。協会の設立目的は、これ以外にも、昭和天皇御即位を祝う御大典の記念事業であったことや、1926(大正15)年に幼稚園令が制定されたことが、当時の役員の共通認識でした。もちろん、仏教保育協会が設立されたのは、直接的には堀緑羊が主唱したことに大きく起因しています。そして、仏教保育協会は昭和初期に設立され、「仏教保育」■■■■■■■葛■木連戸■■主と結婚して後宮にという言葉も堀緑羊が協会設立と時を同じくして使用し始めたことが明らかになっています。それでは、言葉の誕生としてではない仏教保育の「はじまり」は、いつどこに求めたらよいのでしょうか。これについては、1952(昭和27)年11月に京都・東本願寺を会場に開催された(戦後の)でのある決議で結論が出されています。それは、「法均尼を仏教保育の祖とする」というものでした。その後の『仏教保育カリキュラム』では、例えば、内山憲尚が「仏教保育の源流として、仏教保育の祖とも言うべき法均尼」と言及するなど、日仏保では法均尼を仏教保育の「はじまり」と位置づけています。730(天平2)年に備前国(現在の岡山県の東南部)に生まれた和■■気広■虫■は、仏教に深く帰依し、慈悲に富んだ才色兼備な女性でした。皇后付の役人の仕えましたが、夫と死別。その後も側近として仕えていましたが、762年(天平宝字6)年に孝謙上皇に従って剃髪し、(1)第674号15回を最後に中止され、4年間令和2年8月1日発行仏教保育2020.August8

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